個人情報漏えいの発表を見て、「AI が攻撃に使われる時代に、自社の対策は足りているのか」と感じても、社員へ注意喚起するだけでは、何を直せばよいか分かりません。自然な日本語のメールや、上司に似た声で届く依頼を、社員が毎回見破ることにも限界があります。

まず必要なのは、依頼を確かめる業務手順と、侵入を防ぐシステム設定です。送金や情報の提供は登録済み連絡先へ確認し、通常の承認を経て実行します。アカウントは認証方式と権限まで確認します。そのうえで、担当者が設定や記録を見て、未確認の項目を残す点検へ進みます。

本記事は、専任のセキュリティ担当者がいない中小企業の経営者と、兼任の情報システム担当者に向けた実務ガイドです。2026 年 10 月 14 日時点で確認した FBI、英国 NCSC、IPA、NIST、OWASP の資料をもとに、攻撃の手口、防衛策、社内チェックの進め方を整理します。

漏えい事故の発表が相次ぐ背景や、事故件数と報告件数の違いは、個人情報漏えいの発表が相次ぐ理由 で扱っています。本記事では、自社の点検を始めるところに焦点を当てます。

まず点検したい 8 項目

経営者は、次の表を情報システム・経理・人事の担当者と共有してください。担当と確認資料を決めると、注意喚起だけでは分からない設定や手順の不足を具体的に調べられます。各項目の根拠となる手口と防衛策は、このあとに説明します。

この表は、本記事が提案する社内点検の例です。重要な業務から対象を絞り、対策の状態を説明できるようにするために使います。

次の表を社内の点検票に写し、各行に確認日、担当者名、判定、対応期限を加えてください。「導入済みだと思う」「委託先に任せている」だけでは確認済みにしません。

点検項目主な担当確認する資料・記録判断の目安
口座変更・緊急送金経理・経営者確認ルール、別経路の確認記録、承認履歴役員の依頼でも確認と承認を省略できない
重要アカウントの認証情報システム対象アカウント一覧、必須設定、登録方式管理者・委託先も含め、必要な認証が適用されている
退職者・異動者の権限人事・情報システム異動・退職一覧、停止記録、管理者一覧不要なアカウントと権限が残っていない
外部公開機器の更新情報システム・委託先機器台帳、更新履歴、保守期限修正の適用状況と未対応の理由が分かる
異変の検知と報告情報システム・各部門ログ、通知設定、社内連絡先不審な操作を誰が確認し、誰へ報告するか決まっている
バックアップの復元情報システム・業務担当取得記録、復元確認の結果必要なデータを取り戻す手順と結果がある
AI の接続先と操作AI 活用・開発担当接続先一覧、権限設定、承認記録必要な権限だけを与え、重要な操作は人が確認する
なりすましへの対応練習経営者・全社員確認手順、練習の記録相手が役員でも保留・確認・社内報告ができる

判定は「確認済み」「要対応」「未確認」「対象外」の 4 つに分けます。確認済みは、資料や記録を確かめ、表の判断の目安を満たしている状態です。対応が必要と分かったものは要対応にします。対象外には理由を残し、AI の行は、自社に該当するシステムがなければ対象外にできます。未確認は、安全という意味でも、被害が起きているという意味でもありません。必要な資料がない、担当者が不明など、判断できない理由を書いてください。

AI に関わる攻撃は 2 つに分ける

「AI による攻撃」という言葉には、攻撃者が AI を使う場合と、自社で使う AI が狙われる場合があります。確認する対象が違うため、分けて考えてください。

種類何が起きるか社内で確認する対象
攻撃者が AI を悪用する偽メールやなりすましの音声・動画を作り、攻撃の準備を効率化する本人確認、送金の承認、アカウント、更新管理
自社の AI システムが狙われる外部の文書や入力に含まれる命令で、AI の回答や操作を誘導する接続するデータ、実行権限、外部送信の承認

自社が AI を導入していなくても、偽メールやなりすましの依頼は届きます。一方、メールを読み、ファイルを探し、外部へ送信する AI エージェントを使う会社では、AI に与えた権限も点検対象です。

社員が AI に入力する情報や、サービスのデータ保持・契約については、生成 AI 利用時の情報漏洩対策 を参照してください。

AI を悪用した攻撃で、何が変わるのか

AI の悪用は、既存の詐欺や侵入の準備を助けます。ただし、一般的な手口の説明から、最近の国内漏えい事故の原因が AI だったと判断することはできません。

自然な文面のフィッシング

フィッシングは、偽の連絡やサイトでログイン情報などを入力させる手口です。FBI は 生成 AI を悪用した詐欺への注意喚起 で、文章の作成や翻訳によって、文法・つづりの不自然さが減り、多くの相手にもっともらしい連絡を送れることを説明しています。

以前なら不審に見えた文面も、自然に読めるようになります。「日本語が自然だから本物」とは判断せず、アカウントの確認や認証コードの入力を求められたら、届いたリンクからではなく、普段使うアプリや登録済みの URL から確認する手順にしてください。

声や映像で役員・取引先を装う

同じ FBI の資料には、生成した音声や動画を使うなりすまし、会社の役員を装うビデオ通話も挙げられています。本人に似た声や顔で「急いで対応してほしい」と言われても、声や映像だけでは本人確認を終えられません。

説明用の例として、経理担当者が「社長からの緊急送金指示」を受けた場面を考えます。確認すべきなのは、映像の細かな不自然さだけではありません。社内で登録した連絡先へ自分から確認できるか、いつもの承認者が確認したか、送金先を勝手に変更できないか、という業務手順です。これは FIXIT の顧客で起きた事例ではなく、点検のための例です。

調査や脆弱性の悪用を補助する

英国 NCSC の 2027 年までの AI とサイバー脅威に関する評価 は、攻撃対象の調査、脆弱性の研究、基本的なマルウェアの生成などに AI が使われていると評価しています。既知の脆弱性を悪用する能力が高まり、修正されていないシステムへの攻撃が増えると予測しています。

将来予測は、現在の被害件数とは別です。ここから自社が取り組めるのは、外部から接続できる機器とソフトウェアの一覧を持ち、更新情報を確認して修正を適用することです。AI を使った攻撃かどうかが分からなくても、未修正の弱点を残す理由にはなりません。

防衛策を業務に組み込む

研修だけ、認証だけという対策では、対応できる範囲が限られます。人が依頼を受ける場面と、システムへアクセスする場面の両方に確認を設けます。

本人確認と送金の承認を、役職に関係なく行う

IPA のビジネスメール詐欺対策 は、急な振込先や決済手段の変更をメール以外の方法で確認し、送金のチェック体制を整えることを勧めています。これを自社の手順に落とすなら、次の 3 点を決めてください。

  1. 口座変更、臨時の送金、機密情報の提供は、いったん保留して本人や取引先に確認する
  2. 確認には、依頼のメールやメッセージに書かれた番号を使わず、以前から登録している連絡先を使う
  3. 確認した人と承認した人の記録を残し、通常の承認手順で実行する

経営者からの依頼も対象にします。「急ぎだから確認を省く」という例外を認めると、なりすましでも同じ手順を省略できてしまいます。確認のために依頼を保留した社員を責めないことも、経営者が社内へ伝えてください。

FIXITFIXIT

社長そっくりの声だったら、確認の電話をするのは気まずいよ。

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社長にも同じ確認を行うルールにします。本人に似ているかより、確認手順を守れるかを見ます。

認証は、導入の有無だけでなく方式と対象を見る

メール、管理画面、リモート接続などの重要アカウントには、多要素認証を適用します。確認するのは、製品を契約したかではなく、管理者や委託先を含む対象アカウントで認証が必須になっているかです。

方式の違いもあります。NIST SP 800-63B-4 は、手入力する認証コードを使う方式を、フィッシングに強い認証とは扱っていません。偽サイトに入力したコードを攻撃者が中継できるためです。FIDO2 / WebAuthn は、接続先のドメインに認証を結び付ける方式として示されています。

対応するサービスでは、これらに基づくパスキーやセキュリティキーを検討します。未対応のサービスで今使える多要素認証を外す必要はありません。認証の種類と適用範囲を記録し、移行の優先順位を決めます。認証方法を変える際は、アカウントの復旧手順も点検してください。

更新・権限・ログ・復元確認を続ける

IPA の中小企業向け情報セキュリティ対策ガイドライン と自社診断は、基本的な対策を点検する出発点になります。自社では、外部公開機器の更新、退職者のアカウント停止、過剰な管理者権限、異常な操作を確かめるログを確認します。

バックアップは取得の成功だけで判断せず、必要なデータを復元できるかも確かめます。ただし、復元できても、盗まれた情報を取り戻したことにはなりません。侵入の防止、被害の検知、復旧はそれぞれ必要です。更新管理の詳しい手順は、ISMS の脆弱性管理 で説明しています。

AI システムには、権限の制限と高リスク操作の承認を設ける

AI が読む Web ページや文書に、利用者の意図と異なる操作を促す命令が混ざる場合があります。これは間接的なプロンプトインジェクションと呼ばれる攻撃です。「読む資料」に紛れた命令が、AI の回答や操作を変えてしまう点に注意が必要です。

OWASP のプロンプトインジェクション対策 は、最小権限、重要な操作での人の承認、外部の内容を区別すること、攻撃を想定したテストを挙げています。AI に「不審な命令を無視して」と書くだけに頼らず、接続先のシステムでも許可する操作を制限します。

たとえば、文書を要約する AI に送金やファイル削除の権限は要りません。メール送信が必要なら、宛先と送る内容を人が確認してから実行する手順にします。確認は「承認」ボタンを押すだけで終えず、送信先や対象データを確認できる形にしてください。開発チームの権限や生成コードの検証は、AI 駆動開発のセキュリティ設計 も参考になります。

社内チェックを進める 3 つの手順

冒頭の点検表を使い、対象と担当を決め、記録を確かめ、対応後に再確認します。経営者は点検の取りまとめ役を決め、各部門や委託先への確認が止まっていないかを確かめてください。

対象の業務とシステムを洗い出す

経営者は、情報システムだけでなく、経理と人事にも確認を依頼します。小さな会社で兼任していても、誰がどの項目を確かめるかを分けてください。

最初の一覧には、メール、送金、顧客情報の保管先、管理者アカウント、外部から接続できる機器、委託先を入れます。AI を使う場合は、どのデータを読み、どの外部サービスと接続し、何を実行できるかも加えます。担当者が分からないシステムも、一覧から消さずに残します。

設定や記録を確かめて、未確認を残す

実際の進め方として、経理担当者が「口座変更時に確認している」と回答したら、点検担当者は確認記録がどこに残るかまで確かめます。情報システム担当者が「多要素認証を使っている」と回答したら、点検担当者は管理者アカウントでも必須かを設定で確認します。このように、自己申告から資料や記録の確認へ進めると、対応の抜けを見つけやすくなります。

委託先に設定確認を依頼する場合も、「対策済みですか」だけで終えないようにします。対象システム、認証が必須のアカウント、例外の有無、確認できる設定や記録、自社と委託先の対応範囲を聞いてください。回答や資料を得られない項目は、理由とともに未確認として残します。

点検票への記入例は次のとおりです。架空の例で、実際の診断結果ではありません。

記録する項目記入例
対象・担当社内メールの管理者アカウント・情報システム担当
確認資料アカウント一覧と認証の必須設定
判定・理由要対応。管理者の 1 アカウントが多要素認証の必須設定から除外されている
次の対応除外理由と復旧手順を確認し、必須化する担当者と対応日を決める
完了の確認対応後の設定を確かめ、確認日と確認者を記録する

優先順位と期限を決め、対応後に確かめる

対応の順番は、外部からの侵入や金銭・機密情報の被害につながりやすい項目から決めます。重要アカウントの認証不足、別経路の確認がない口座変更、外部公開機器の更新不明などを先に扱います。

着手の目安として、今日できるのは対象一覧と責任者の決定、送金確認ルールの周知です。今週は設定と記録を確認し、要対応・未確認の項目に担当者と期限を付けます。今月は対応結果を再確認し、なりすましの依頼を想定した机上の練習を行います。この日程は進め方の例で、すべての改善が 1 ヶ月で終わるという約束ではありません。

システム変更後、担当者の異動後、新しい AI の連携を始める前にも再確認します。点検票は、実施した日だけでなく、次に確認する日まで決めて残してください。

被害が疑われるときは、通常の点検と分けて動く

身に覚えのない送金や、不審なログインがすでに起きている場合は、点検票を埋める作業よりも、被害拡大の防止と社内責任者への連絡を優先します。警察庁のビジネスメール詐欺への注意喚起 は、被害時に金融機関や警察へ相談すること、メールやヘッダー情報などを保存することを案内しています。

送金済みなら金融機関へ速やかに連絡し、メールやメッセージ、日時、送金の記録を残してください。アカウントや端末で異常がある場合は、社内手順に従って情報システム担当や保守先へ連絡します。通常の無料相談の返信を待って、初動を遅らせないでください。

判断できない項目は、FIXIT の無料初回ヒアリングへ

点検してみると、「設定を見られる人がいない」「委託先と自社の担当範囲が分からない」「どの対策を優先すべきか判断できない」という項目が残ることがあります。その一覧が、外部へ相談する材料になります。

確認資料があり、担当者が対応内容を判断できる項目は、社内や保守先で担当と期限を決めて進めます。資料を入手できない、担当範囲が決まらない、対応の優先順位を判断できない項目は、判断に困っている理由を整理して初回ヒアリングへ持ち寄ってください。すでに被害が疑われる場合は、前の章で説明した初動を優先します。

FIXIT は、AI 駆動開発のクリエイティブスタジオとして、情報セキュリティコンサルタント を提供しています。情報資産の棚卸し、リスクアセスメント、規程整備、従業員教育、生成 AI 利用ガイドラインの整備をご相談いただけます。

初回ヒアリングは無料です。詳細な調査や整備は、対象範囲を確認したうえでお見積もりします。無料相談で会社全体の安全性を保証したり、すべての設定を点検し終えたりするものではありません。まずは、自社で困っている業務と、支援が必要な範囲をお伝えください。

FIXIT の無料相談へ 進む際は、問い合わせ内容に次の 3 点を書いていただくと、状況を共有しやすくなります。資料がそろっていなくても、ご相談いただけます。

  • 点検したい業務やシステム。たとえば、メール、送金、顧客情報、社内 AI の連携
  • 点検で要対応・未確認になった項目。担当者や設定が分からない状態も含める
  • 相談したいこと。優先順位の整理、役割分担、規程や運用手順の整備など

パスワード、認証コード、顧客名簿やシステムの秘密情報を問い合わせフォームへ送る必要はありません。最初はシステム名と困っている内容だけで構いません。

まとめ

AI を悪用した攻撃には、文章や声の違和感を見つける注意喚起に加えて、別経路の本人確認と通常の承認手順が必要です。システム側では、認証方式と適用範囲、更新、権限、ログ、復元を確かめます。自社で AI を使う場合は、接続するデータと実行できる操作も点検します。

まずは点検表に担当者名を書き、設定や記録を見て、未確認の項目を残してください。社内で判断できない項目があれば、その一覧を持って FIXIT の無料初回ヒアリング へご相談ください。