プロジェクト概要
地域密着で事業を続けてきた工務店に対して、社内の連絡・メール・ファイル管理の基盤をまるごと刷新する DX を支援しました。連絡は社員それぞれの個人 LINE、メールは各自が好きなソフトで設定し、ファイルは個人の PC に保存されている、という「人」と「個人の端末」に情報が紐づいた状態を、連絡は Slack、メール・ファイル・AI 活用は Google Workspace へ集約する形に移しています。移行作業と定着サポートを合わせて、約 2〜3 ヶ月のプロジェクトです。
この案件で私たちが設計の中心に据えたのは、新しいツールを入れること自体ではありません。情報が個人の端末や記憶に閉じていると、退職・故障・機種変更のたびに会社の資産が失われます。その構造を断ち切り、情報を「会社のもの」として残るようにすることを目的にしました。デジタル活用がこれから本格化する現場だからこそ、難しい操作を覚えてもらうのではなく、今までの仕事の感覚を保ったまま基盤だけを安全な場所へ移す進め方を選んでいます。
業務上の課題
ヒアリングで見えてきたのは、特別なトラブルではなく、中小企業の現場で誰もが心当たりのある困りごとが積み重なっていることでした。具体的には次のとおりです。
- 退職した社員との個人 LINE にやり取りが残っていて、退職後は誰も中身を確認できなくなる
- 過去のメールが個人 PC のメールソフトや各自のアカウントに溜まっていて、会社として把握できず、PC の故障や退職の際にたどれなくなる
- メール添付でファイルが行き交い、どれが最新版なのか分からなくなる
- 退職者の PC にしかないファイルが、いざというときに取り出せない
- 仕事の連絡が個人 LINE に届き、休日も気が休まらず公私の境界が曖昧になる
- 「言った・言わない」「どのグループで話したか」が後から追えない
これらはどれも、情報が会社ではなく個人に紐づいていることから生まれています。日々の業務はそれでも回ってしまうため後回しにされがちですが、人の出入りや端末トラブルが起きた瞬間に、取り返しのつかない損失として表面化します。「便利だから残したい LINE の手軽さ」と「会社として情報を守りたい要請」がぶつかる、中小企業 DX の典型的な入り口でした。
アプローチ 1: 連絡基盤の移行 (LINE → Slack)
最初に着手したのは、日々の連絡を個人 LINE から会社の Slack へ移すことです。LINE はプライベート用として優秀ですが、履歴が個人の端末に紐づくため、退職時に会社へ引き継げません。Slack は会社のアカウントで運用するため、やり取りやファイルが会社に残ります。退職してもチャンネルの履歴は失われません。この点が決定的な違いです。
移行をスムーズにするために、いきなり全機能を使ってもらうのではなく、まず最小限のチャンネルから始める設計にしました。全社のお知らせ、総務からの連絡、雑談、そして移行期に最も活躍する困りごと相談用のチャンネルをまず用意し、全員が参加するところからスタートします。案件ごとの連絡や日報、部署単位のやり取りは、業務の実態に合わせて段階的に追加しました。
要点
Slack 移行の本質は、機能を覚えてもらうことではなく「仕事の連絡を、プライベートの LINE から切り離す」ことです。話題ごとにチャンネルを分け、案件は決まった命名で揃え、終わったら消さずにアーカイブする。この型を最初に決めておくと、情報が後から必ず追える状態になります。
運用のルールも、現場が迷わないよう絞り込みました。重要な連絡は全社チャンネル、相談や議論は該当チャンネル、細かい返信はスレッドにまとめる。通知は自分宛て中心に設定して、情報量に圧倒されないようにする。こうした最小限の約束ごとだけ共有し、あとは使いながら覚えてもらう前提で組み立てています。
アプローチ 2: 情報基盤の移行 (Google Workspace)
連絡と並行して、メールとファイルを Google Workspace へ移しました。ここでの狙いは、メールもファイルも会社の資産としてクラウドに保管し、PC が壊れても人が辞めても消えない状態をつくることです。
メールについては、現場の不安を抑えるために「変えないこと」を重視しました。メールアドレスは今まで使っているものをそのまま引き継ぎ、過去のメールも移行作業でまとめて移します。差出人やキーワードですばやく探せる検索や、スマートフォンアプリでの利用といった利点は加わりますが、送受信の操作感は今までと大きく変わりません。基盤を載せ替えても日常の使い心地は保つことで、移行への心理的なハードルを下げています。
ファイルは、各自の PC ではなく共有ドライブに置く運用へ切り替えました。ドキュメント・スプレッドシート・スライドを複数人で同時に編集できるため、メール添付で最新版を取り違える問題そのものがなくなります。共有フォルダは、全社共通のテンプレートや規程、顧客・案件、総務経理、広報といった業務の単位で整理し、案件フォルダは年と名前で並べて探しやすくしました。機密性の高い契約・労務の情報は閲覧権限を限定し、誰でも見られる状態にはしていません。
要点
共有ドライブ整備のポイントは、フォルダ構成を最初から細かく決めきらないことです。スタート用の型だけ用意し、実際の業務に合わせて項目名を調整していく。型がないと散らかり、作り込みすぎると現場が使わなくなる。この中間を狙うのが定着の鍵でした。
アプローチ 3: 生成 AI 活用とセキュリティ・定着
基盤を移すだけでなく、Google Workspace に含まれる生成 AI のアシスタントを日常業務で使えるところまで踏み込みました。お礼メールの下書き、長いメールや資料の要約、案件の進め方のアイデア出しといった、これまで時間と気を使っていた作業を数秒で手伝わせます。「こう書きたいけれど言葉が出てこない」「この長文は結局何が言いたいのか」という場面で気軽に頼れることが、AI を特別な道具ではなく日常の道具にするコツです。私たちは AI 駆動開発のクリエイティブスタジオとして自社の実務で生成 AI を使い込んでいるため、現場に無理のない使いどころを具体的に示せます。
セキュリティは、会社で一元管理する形に切り替えました。1 つの Google アカウントでメール・ファイル・AI のすべてにログインでき、初回パスワードは各自が自分だけのものへ変更します。あわせて 2 段階認証を必須とし、パスワードとスマートフォン確認の二重で乗っ取りを防ぎます。アカウントを会社が管理することで、退職時はアカウントを止めるだけで情報を安全に守れる体制になりました。
そして、この案件で最も時間をかけたのが定着の伴走です。ツールを配って終わりにすると、結局は元の個人 LINE と個人 PC に戻ってしまいます。移行期は困りごと相談用のチャンネルを常に開けておき、操作の疑問にその場で答えながら、メール切り替えのタイミングは段階的に案内しました。
要点
DX が失敗する典型は、ツールの導入を「ゴール」にしてしまうことです。私たちは導入を出発点として扱い、最初のゴールを「Slack に入れた」「会社のメールにログインできた」の 2 つだけに絞りました。小さな成功体験から始め、使いながら覚えてもらう。この設計が、現場が新しい基盤に乗り続けられるかどうかを分けます。
成果
このプロジェクトは数値での効果測定を主目的にしたものではなく、まずは情報基盤を安全な場所へ移し、現場が無理なく使い続けられる状態をつくることに重きを置きました。そのうえで、移行によって何がどう変わったかを定性的に整理します。
- 連絡が会社の Slack に残るようになり、退職や端末の故障で履歴が消える構造的なリスクがなくなった
- メールとファイルがクラウドに集約され、「あのファイルは退職した人の PC にしかない」という事態が起こらなくなった
- 共同編集により「最新版がどれか分からない」という取り違えがなくなった
- 仕事の連絡を Slack に分けたことで、個人 LINE に業務が流れ込む公私混同が解消された
- 過去のやり取りやファイルを検索ですぐ取り出せるようになり、属人的だった情報アクセスが整理された
- 2 段階認証とアカウントの一元管理により、退職・入社の対応がアカウント操作だけで安全に完結する体制になった
数字で語れる成果は、基盤が定着してからの効果検証で改めて積み上げていく前提です。ただ、現場にとっての一番の変化は、情報が「個人のもの」から「会社のもの」へ移り、人の出入りや端末トラブルに強い会社になったことにあります。
学びと再利用可能なナレッジ
要点
非エンジニアの中小企業の DX では、関係者全員が「何のために変えるのか」を自分の言葉で説明できる状態が、定着の前提条件になります。今回は「情報を個人のものから会社のものへ」という一言に目的を凝縮し、全員が同じ理由を共有できたことが、移行の合意形成を速めました。
「変えないもの」を先に決める
DX というと一気にすべてを刷新したくなりますが、現場が混乱すると元に戻ってしまいます。今回はメールアドレスと送受信の操作感、LINE のような気軽さといった「変えないもの」を先に決め、変えるのは情報の置き場所だけに絞りました。変えない部分を明示することが、変える部分への抵抗を減らします。
スタート用の型を渡し、作り込みすぎない
チャンネル構成も共有フォルダ構成も、最初から完璧を目指さず、スタート用の型として渡しました。型がないと散らかり、作り込みすぎると現場が使えなくなります。実際の部署・業務に合わせて後から調整できる余地を残すことが、長く使われる基盤の条件でした。
導入ではなく定着を支援範囲に含める
ツールを契約して設定するところまでで終わる支援は珍しくありませんが、それでは現場は変わりません。困りごとにその場で答える相談窓口と、段階的な切り替えの案内を支援に含めたことが、今回の移行を「使われるもの」にした最大の要因です。
ありがちな落とし穴
注意
中小企業の DX で最も多い失敗は、便利なツールを導入したのに、現場が元の個人 LINE と個人 PC に戻ってしまうことです。原因はたいてい「導入したら使ってくれるはず」という思い込みにあります。新しい基盤に乗り続けられるかは、ツールの性能ではなく、移行直後の伴走の手厚さで決まります。
ツールの導入をゴールにする
アカウントを配り、設定を済ませた時点で完了とみなすと、最初のつまずきで現場が離脱します。導入は出発点であり、最初の小さな成功体験まで伴走して初めて定着が始まります。
セキュリティを後回しにする
便利さを優先してアカウント管理や 2 段階認証を後回しにすると、退職者のアカウントが放置され、情報漏えいの温床になります。アカウントの一元管理と 2 段階認証は、移行と同時に動かし始めるべき土台です。
情報の置き場所のルールを決めずに移行する
共有ドライブを用意しても、何をどこに置くかの型がないと、結局は個人のマイドライブや PC に情報が散らばります。最低限のフォルダ構成と命名のルールを最初に共有しておくことが、属人化のぶり返しを防ぎます。AI ツールを社内に定着させる進め方は AI 開発ツール定着支援 でも体系化しており、業務基盤の DX と考え方は共通しています。
よくある質問
Q. 費用感はどのくらいですか?
A. 社員数や、移行する範囲 (連絡・メール・ファイルのどこまでを対象にするか)、過去データの移行量によって変動します。まずは連絡基盤の Slack 移行から小さく始め、効果を確かめながらメール・ファイルへ広げる進め方も可能です。具体的な見積もりは、現状をうかがったうえでご提示します。
Q. どのくらいの期間がかかりますか?
A. 規模にもよりますが、移行作業と定着サポートを合わせて数ヶ月が目安です。一度にすべてを切り替えるのではなく、過去メールの移行を進めながら段階的にツールを使い始める形にすると、現場の負担を抑えられます。
Q. メールアドレスは変わってしまいますか?
A. 変わりません。今お使いのメールアドレスをそのまま引き継ぎ、過去のメールも移行作業でまとめて移します。送受信の操作感も大きくは変わらないため、基盤の載せ替えによる現場の混乱を最小限に抑えられます。
Q. パソコンやスマートフォンに詳しい社員がいなくても大丈夫ですか?
A. はい。むしろデジタル活用がこれから本格化する現場でこそ、伴走型の支援が効果を発揮します。難しい操作を覚えてもらうのではなく、今までの仕事の感覚を保ったまま基盤だけを移すことを重視し、移行期は相談窓口で操作の疑問にその場で答えます。
Q. 退職者が出たときの情報の扱いは安全ですか?
A. 会社でアカウントを一元管理するため、退職時はアカウントを停止するだけで、その人が扱っていた連絡やファイルは会社の資産として安全に残ります。2 段階認証を必須にすることで、乗っ取りによる情報漏えいのリスクも下げています。
まとめ
この事例の本質は、新しいツールを導入したことではなく、情報を「個人のもの」から「会社のもの」へ移し、人の出入りや端末トラブルに強い会社の基盤をつくったことにあります。連絡は Slack へ、メールとファイルは Google Workspace へ集約し、生成 AI を日常の道具にし、セキュリティを一元管理する。そして何より、導入で終わらせず定着まで伴走する。この組み立てが、デジタル活用がこれからの中小企業でも DX を実務に乗せるための再現可能な型になりました。
連絡やファイルの属人化、退職時の情報消失といった課題は、業種を問わず多くの中小企業が抱えています。私たちは 業務 DX 伴走支援 として、連絡・情報基盤の移行から生成 AI 活用、定着までを一緒に進めます。まずは小さく始めたい段階でも構いません。DX の無料相談 からお気軽にご連絡ください。

