プロジェクト概要
人口 10 万規模の基礎自治体で、住民窓口の問い合わせ対応と各種申請の処理に人手が集中していた課題に対して、よくある質問の自動応答と申請補助の仕組みを AI 駆動開発 で構築しました。実証フェーズに 2 ヶ月、その後の本格稼働への移行に 2 ヶ月の、合計約 4 ヶ月のプロジェクトです。
対象にしたのは、住民課・福祉部門・税務部門にまたがる窓口と、転入転出・各種手当・証明書交付といった申請手続きです。これらは制度が複雑なうえに更新頻度も高く、職員が制度の細部を都度確認しながら案内する必要がありました。私たちは「制度の正解を AI に判断させる」のではなく、「制度情報を職員と住民が素早く正確にたどれるようにする」ことを設計の中心に据えています。公共領域では誤った案内が住民の不利益に直結するため、最終的な判断と説明責任は人が持つ前提を最初に固めました。
業務上の課題
ヒアリングを通じて見えてきたのは、窓口に集まる問い合わせの大半が、制度そのものというより「どこに何が書いてあるか分からない」ことに起因する、という構造でした。具体的には次のような状況です。
- 同じ内容の問い合わせが電話・窓口・メールに分散して届き、職員が同じ説明を一日に何度も繰り返している
- 繁忙期 (年度替わり・確定申告期・各種手当の申請受付期) に問い合わせが集中し、対応待ちの行列が常態化する
- 制度の根拠が要綱・通知・庁内マニュアルに分散していて、ベテラン職員の記憶に頼った属人的な運用になっている
- 申請書類の記入漏れや添付不足による差し戻しが多く、住民にも職員にも二度手間が発生している
- 公共サービスゆえに案内の正確性・公平性が強く求められ、一件あたりの確認に時間がかかる
「問い合わせを減らしたいが、間違った案内は絶対に出せない」という、効率と正確性が真っ向からぶつかる典型的な公共 DX のジレンマがありました。
アプローチ 1: 制度・手続き情報の構造化と RAG 化
最初に着手したのは、散在していた制度情報を一箇所に集めて構造化することです。要綱・通知・庁内マニュアル・既存の FAQ・申請様式の記入例を棚卸しし、「制度名 → 対象者 → 必要書類 → 手続きの流れ → 根拠規定 → 所管課」という共通の型に落とし込みました。
このとき重要なのは、AI に渡す前段のデータ品質です。私たちは情報の取り込みと整形に Claude Code を活用し、各文書から制度の要点と根拠箇所を抽出して構造化データの草案を作らせ、職員と所管課が内容を確認する流れにしました。AI が一次整理を担い、人が正しさを担保する分業です。整形済みの制度データは検索のしやすさを意識して章立てと粒度を揃え、回答時に必ず根拠規定の参照元を併記できる形にしてあります。
その上で、質問に対して関連する制度情報を検索して回答候補を組み立てる RAG (検索拡張生成) の基盤を構築しました。RAG にした最大の理由は、回答の出どころを明示できることです。生成 AI に制度を丸暗記させるのではなく、検索でヒットした原文を根拠として示しながら回答を組み立てるため、「なぜそう案内したのか」を後から追跡できます。社内ナレッジ検索に RAG を適用した進め方は 社内ナレッジ検索を RAG で構築した事例 でも詳しく扱っており、公共領域でも基本設計の考え方は共通しています。
制度は頻繁に改正されるため、データの更新運用も最初から設計に含めました。所管課が制度を更新したら構造化データも更新し、更新日と所管を必ず記録する。古い情報が残り続けないよう、回答には参照した制度情報の更新日を添える仕組みにしています。
アプローチ 2: 窓口応答と申請補助の人間協調フロー設計
仕組みは大きく 2 つの場面で使われます。1 つは住民が直接触れる「よくある質問の自動応答」、もう 1 つは職員が使う「窓口応答・申請補助のアシスタント」です。
住民向けの自動応答は、定型的でリスクの低い質問に絞って対応する設計にしました。受付時間や持ち物、申請様式のダウンロード先、手続きの大まかな流れといった、事実が一意に定まる質問が中心です。回答には必ず「詳しくは担当課へ」という導線を残し、判断を要する個別事情には立ち入らせていません。AI が答えてよい範囲をあらかじめ線引きしておくことが、公共サービスでは安全装置になります。
職員向けのアシスタントは、職員の判断を置き換えるのではなく加速することを狙いました。職員が住民の質問を入力すると、関連する制度情報と根拠規定が候補として提示され、職員がそれを確認して住民に案内します。回答候補には常に参照元が紐づくため、職員は「この案内で合っているか」を自分の目で素早く確認できます。こうした AI アシスタントの設計思想は AI エージェント開発サービス でも基本にしている、人を主役に置いた協調モデルです。
申請補助では、申請内容を入力していく過程で記入漏れや添付不足を事前にチェックし、差し戻しになりやすいポイントを職員に知らせる仕組みを入れました。最終的な受理判断は職員が行いますが、形式不備の指摘を AI が先に拾うことで、住民が窓口に来てから「書類が足りない」と分かる事態を減らせます。
アプローチ 3: 公共特有の正確性・公平性・説明責任への配慮
公共領域のプロダクト開発が民間と決定的に違うのは、正確性・公平性・説明責任の 3 つを技術的な制約として設計に織り込む必要がある点です。
正確性については、回答が必ず構造化された制度情報を根拠にする RAG 構成を徹底し、根拠が見つからない質問には推測で答えず「担当課に確認してください」と返すようにしました。AI が知らないことを知らないと言える設計にしておくことが、誤案内を防ぐ最後の砦になります。
公平性については、住民の属性によって案内の質に差が出ないこと、特定の手続きだけが分かりにくくならないことを確認しました。回答のトーンや情報量を制度横断で揃え、特定の窓口に偏った最適化をしていないかを職員レビューでチェックしています。
説明責任については、いつ・どの制度情報を根拠に・どんな回答をしたかをログとして残し、後から検証できる状態を確保しました。住民から「以前と案内が違う」といった指摘があった場合に、当時参照していた制度情報の版まで遡れることは、公共サービスの信頼を支える基盤になります。あわせて、扱う情報の機微性に応じてアクセス権限を分け、個人を特定する情報を AI の学習や外部送信に使わない方針を運用ルールとして明文化しました。
成果の実数値
実証フェーズと本格稼働の前後で、いくつかの指標を計測しました。なお数値は対象部門・対象手続きに限定した範囲のもので、計測条件によって変動します。
| 指標 | 導入前 | 導入後 | 差分 |
|---|---|---|---|
| 定型問い合わせの職員対応件数 (月間) | 100 件 | 約 60 件 | 約 -40% |
| 一件あたりの制度確認にかかる時間 | 基準値 | 約 1/3 に短縮 | — |
| 申請書類の差し戻し率 | 基準値 | 減少傾向 | — |
| 繁忙期の窓口待ち時間 (体感) | 長い | 改善 | — |
| 職員満足度 (10 段階・対象部門) | — | 8 前後 | — |
定型的な問い合わせをアシスタントと自動応答で吸収できたことで、職員はより判断を要する相談や、丁寧な対応が必要な住民に時間を割けるようになりました。制度確認の時間が短縮されたことは、繁忙期の待ち時間改善にも波及しています。職員からは「制度の根拠をその場で確認できる安心感が大きい」という声が多く、効率化以上に、案内の正確性に対する自信が高まった点が現場で評価されました。
学びと再利用可能なナレッジ
公共調達は段階導入と相性が良い
公共の調達は要件を事前に固める性質が強い一方で、AI を使った業務支援は実際に使ってみないと効果が読みづらい領域です。今回は小さな実証から始めて効果を数値で示し、その結果をもって本格稼働へ広げる段階導入の形をとりました。最初から全部門・全手続きを対象にせず、効果が見えやすい定型業務に絞って実証することが、関係者の合意形成を進めるうえで有効でした。
透明性の確保が信頼の前提になる
公共では「AI が何をして、何をしていないか」を関係者が理解できることが、導入の前提条件になります。回答の根拠を必ず示す、AI が答える範囲を明確に線引きする、最終判断は人が持つ、という三点を最初に合意しておくと、その後の議論が円滑に進みました。透明性は機能というより、合意形成の土台です。
制度データの更新運用を仕組み化する
制度は改正されるものなので、構造化データの更新を誰がいつ行うかを運用に組み込まないと、半年で陳腐化します。所管課が制度を更新する流れの中に構造化データの更新を埋め込み、更新日と所管を必ず記録する形にしておくと、情報の鮮度を維持できます。
ありがちな落とし穴
誤案内リスクを軽視する
最も避けたいのは、AI が自信ありげに誤った制度案内をすることです。これを防ぐには、根拠が見つからない質問に推測で答えさせないこと、判断を要する個別事情を AI に任せないことが欠かせません。「答えない」という選択肢を AI に持たせる設計が、公共領域では何より重要です。
更新運用と所管確認を後回しにする
導入時点では正しい制度情報も、更新の担当と頻度を決めずに運用を始めると、いつの間にか古い案内が住民に届くようになります。更新フローと所管課の確認プロセスを、稼働開始と同時に動かし始めることが必要です。
効率化だけを目的化する
問い合わせ削減や時間短縮は分かりやすい成果ですが、それだけを追うと正確性や公平性への配慮が薄くなりがちです。公共サービスでは、効率と並んで「住民が正しい情報に等しくたどり着けること」を成果として位置づける必要があります。ベンダー選定の段階でこの価値観を共有できるかは重要で、評価の観点は AI ソフトウェアベンダーの選び方 でも整理しています。
よくある質問
Q. 費用感はどのくらいですか?
A. 対象とする部門・手続きの範囲と、制度情報の整備状況によって大きく変動します。本案件のように一部門の定型業務から始める実証であれば、比較的小さく着手できます。まずは効果が見えやすい範囲で実証し、結果を見て段階的に広げる進め方をおすすめしています。具体的な見積もりは要件をうかがったうえでご提示します。
Q. 調達はどのように進めればよいですか?
A. AI を使った業務支援は事前に効果を確定しづらいため、小規模な実証から始めて成果を数値で示し、本格導入につなげる段階導入と相性が良いです。実証の目的・対象・評価指標を最初に関係者で合意しておくと、その後の調達判断がスムーズになります。進め方そのもののご相談も承っています。
Q. セキュリティや個人情報の扱いは大丈夫ですか?
A. 個人を特定する情報を AI の学習や不要な外部送信に使わない方針を運用ルールとして明文化し、情報の機微性に応じてアクセス権限を分けます。回答はいつ・どの制度情報を根拠にしたかをログとして残し、後から検証できる状態を確保します。要件に応じて、扱うデータの範囲や保管場所の制約も設計に反映します。
まとめ
この事例の本質は、AI に制度を判断させることではなく、職員と住民が制度情報に素早く正確にたどり着ける状態をつくり、最終判断と説明責任を人に残したことにあります。制度情報の構造化と RAG 化で正確性の土台をつくり、人間協調のフローで効率と安全を両立させ、公平性と説明責任を技術的な制約として設計に織り込む。この組み立てが、公共領域で AI を実務に乗せる際の再現可能な型になりました。
窓口・申請業務の負荷や、公共・行政領域での AI 活用を検討されている方は、まずは小さな実証から一緒に設計できます。私たちは AI 駆動開発のクリエイティブスタジオとして、効果が見えやすい範囲から段階的に進める形をご提案します。AI 駆動開発の無料相談 からお気軽にご連絡ください。

