AI エージェントの提案を受けたら、最初に確かめること
「この業務は AI エージェントで自動化できます」。ベンダーの提案や展示会、社内の号令で、この言葉を聞く機会が増えました。ところが、同じ「AI エージェント」でも、指しているものは提案ごとに違います。チャットで質問に答える仕組みを指す場合もあれば、社内システムに自分で登録まで済ませる仕組みを指す場合もあります。
違いが分からないまま検討を進めると、作り込まなくてよい業務に予算を付けたり、逆に人の確認が要る業務を AI に任せきりにしたりしかねません。総務省の情報通信白書も、AI エージェントの定義は開発企業によって異なると書いています。提案の「AI エージェント」が何を指すかを自分の言葉で説明できるようにしておくことが、判断の出発点になります。
本記事では、公的資料と提供元の資料で AI エージェントの定義を押さえ、生成 AI・チャットボット・RPA との違い、向く業務と向かない業務、入れるかを決める 5 つの基準、導入前に決めておくリスク対策までを、発注する側の視点で整理します。エージェントの作り方 (設計の型) は AI エージェント設計パターン入門 で扱っています。
AI エージェントとは: 公的資料と提供元の定義
まず、誰がどう定義しているかを並べます。
| 出典 | 定義の要旨 |
|---|---|
| AI 事業者ガイドライン (第 1.2 版) | 特定の目標を達成するために、環境を感知し自律的に行動する AI システム |
| ISO/IEC 22989:2022 (同ガイドラインに参考掲載) | 自動化された主体であり、環境を感知して応答し、自らの目標を達成するために行動を取るもの |
| 令和 7 年版 情報通信白書 | 設定された目標や自然言語の指示に対して、自動的にタスクを決定 (必要に応じて細分化) して処理を実行する機能をもつもの |
| Anthropic | 大規模言語モデルが、自分の進め方と道具の使い方を動的に決める仕組み |
| OpenAI | 利用者に代わって、自律的にタスクを成し遂げる仕組み |
AI 事業者ガイドライン (第 1.2 版) は、総務省と経済産業省が 2026 年 3 月 31 日に公表した指針です。対象は、事業活動で AI を開発・提供・利用するすべての者 (政府・自治体などの公的機関を含む) で、事業活動以外で AI を利用する者は含みません。同ガイドラインは「自律」について、高度な自律だけでなく、ある程度の自律性を持つものも含むと注記しています。
令和 7 年版 情報通信白書 は、定義が開発企業によって異なることを前提に、最近の呼ばれ方の傾向として上の説明を置いています。提供元では、Anthropic が Building effective agents で、OpenAI が A practical guide to building agents で定義を示しています。
言い回しは違っても、共通する要素は 3 つです。
- 目標が与えられる (1 回の質問ではなく、達成したい状態が渡される)
- 次に何をするかを AI が決める (手順を人やプログラムが固定していない)
- 道具を使って外部に働きかける (検索・社内システムの操作・登録など)
本記事では、この 3 つがそろったものを AI エージェントとして扱います。発注の場面では、2 つ目の「次に何をするかを AI が決める」があるかどうかを確かめるのが要点です。
エージェント型 AI (エージェンティック AI) との違い
「エージェント型 AI」「エージェンティック AI」という言葉もよく使われます。AI 事業者ガイドラインは脚注で、エージェンティック AI を AI エージェントよりも包括的かつ進化的な概念と位置づけ、複数の AI エージェントにより自律的に意思決定を下してアクションを起こす、目標主導型の AI システムと説明しています。提案書を読むうえでは、複数の AI エージェントを組み合わせて目標に向かう仕組みを指す言葉、と押さえておけば足ります。ただし、調査会社やベンダーの資料では、AI エージェント全般を指して使われることもあります。
生成 AI・チャットボット・RPA との違い
AI エージェントと混同されやすい仕組みを、「手順を誰が決めるか」と「外部のシステムを操作するか」の 2 点で並べます。
| 仕組み | 手順を決めるのは | 外部のシステムの操作 | 向く仕事 |
|---|---|---|---|
| 生成 AI (チャットでの利用) | 人 (1 回ずつ指示する) | しない | 文章の下書き・要約・翻訳 |
| チャットボット (シナリオ型) | 人が作ったシナリオ | 決めた範囲だけ | よくある質問への定型の回答 |
| RPA | 人が作った手順 | する (手順どおり) | 画面操作や転記など、決まった作業の繰り返し |
| ワークフロー (LLM を部品に) | 人が作った手順 | する (手順どおり) | 分類・要約を手順の途中に挟む定型処理 |
| AI エージェント | AI (実行しながら決める) | する (状況に応じて) | 例外が多く、手順を書き切れない業務 |
生成 AI は、AI エージェントの頭脳として使われる技術です。生成 AI を使っていても、手順を人やプログラムが決めているなら AI エージェントではありません。OpenAI のガイドも、LLM を組み込んでいても処理の流れの制御に使っていないもの (単純なチャットボット、1 回だけ応答するもの、感情の分類器) はエージェントではないと書いています。
Anthropic は、手順をあらかじめ決めて LLM と道具を組み合わせるものを「ワークフロー」、LLM が進め方を自分で決めるものを「エージェント」と呼び分けています。Anthropic 自身も両方をまとめて「エージェント的なシステム」と呼んでおり、「エージェント」という言葉はワークフローを含む広い意味でも使われます。提案書で「エージェント」と書かれていても、実態はワークフローのこともあるため、中身を確かめます。ワークフローで足りる業務なら、そのほうが挙動が読みやすく、検証も楽です。
FIXITじゃあ、チャットの AI を使ってたら AI エージェントってこと?
Shiori使っているだけでは違います。分かれ目は、次の手順を AI が決めているかどうかです。
FIXITベンダーが「エージェント」って言ってても、違うことがあるの?
Shioriあります。手順を決めているのが人やルールなら、中身は決まった手順の自動化です。
「AI エージェント」と呼ばれる製品の 3 つの形と、提案の見極め方
「AI エージェント」と呼ばれる製品は、業務への入れ方で大きく 3 つに分かれます。
| 形 | 説明 | 向く場面 |
|---|---|---|
| 汎用の AI サービスのエージェント機能 | 社員が使うチャット型 AI に付いた、調べ物や作業代行の機能 | 個人の調査・資料作成を速くしたい |
| 業務の SaaS に組み込まれた機能 | 顧客管理やヘルプデスクの SaaS に付いたエージェント | その SaaS の中で完結する作業を自動化したい |
| 自社業務向けに開発するもの | 自社のシステム・データ・承認の流れに合わせて作る | 複数のシステムをまたぐ業務、社内の規程に沿った判断が要る業務 |
表の上の形ほど始めるのは簡単ですが、自社の業務に合わせられる範囲は狭くなります。まず既存のサービスの機能で足りるかを確かめ、足りない部分だけを開発の対象にすると、作り込む範囲と費用を抑えられます。
調査会社の Gartner は、2025 年 6 月 25 日の プレスリリース で、既存の AI アシスタントや RPA、チャットボットに、実質的なエージェントの能力が無いまま名前だけを付け替える「エージェント・ウォッシング」が起きていると指摘しました。エージェント型 AI をうたう数千のベンダーのうち、実態を伴うのは約 130 社と推定しています。
提案を受けたら、次の 4 つを聞くと中身が見えます。
- どの判断を AI が決め、どの判断を人やルールが決めるのか
- AI がどのシステムを、どの権限で操作するのか
- エージェントが想定と違う操作をしたとき、どこで処理を止め、誰に引き継ぐのか
- うまくいったかどうかを、何の数字で測るのか
1 つ目に「すべてルールで決めています」と返ってきたら、それは決まった手順の自動化です。悪いことではありませんが、エージェントの費用を払う理由はありません。
AI エージェントが向く業務・向かない業務
OpenAI のガイドは、これまでの自動化 (決まった手順やルールで処理する方式) では対応しきれなかった業務を優先するよう勧め、次の 3 つを挙げています。
| 向く業務の条件 | ガイドの例 | 社内で当てはめるときの目安 |
|---|---|---|
| 微妙な判断や例外が多い | カスタマーサービスでの返金の承認 | 担当者が「場合による」と答える判断が多い |
| ルールが増えすぎて保守しにくい | 取引先のセキュリティ審査 | 規程や判定表の更新のたびに、システムの改修が要る |
| 形の決まっていないデータを読む | 住宅保険の請求処理 | 申込書・メール・通話記録など、文章を読んで判断する |
同じガイドは、エージェントを作る前にこの条件に当てはまるかを確かめ、当てはまらなければ決まった手順で処理する方式で足りるかもしれない、と書いています。Anthropic も、まず最も単純な解決策を探し、必要なときだけ複雑にするよう勧め、エージェント的なシステムを作らないことも選択肢だとしています。
向かない業務は、次のようなものです。
- 手順を書き切れる業務。形式の決まったデータの転記や定型の帳票作成は、RPA やワークフローのほうが安く確実です
- 1 回の誤りが大きな損害になるのに、人の確認を挟めない業務。支払いの実行や契約の締結を任せきりにするのは避けます
- 判断に要るデータや権限を渡せない業務。社内の情報が紙や個人の端末に散らばっていると、エージェントは判断の材料を持てません
- 応答をすぐ返す必要があり、1 件あたりの費用を抑えたい業務。Anthropic は、エージェント的なシステムは応答が遅くなり費用もかさむ代わりに、性能を上げることが多いと書いています
要点
1 つの業務の中にも、向く部分と向かない部分が混ざります。問い合わせ対応なら、定型の回答はワークフローに、例外の判断だけを AI エージェントに、返金の実行は人に、と分けると、任せる範囲と費用を決めやすくなります。
入れるかを決める 5 つの判断基準
Gartner は先のプレスリリースで、エージェント型 AI のプロジェクトの 40% 超が 2027 年末までに中止されると予測しています。理由として挙げたのは、コストの高騰、ビジネス上の価値の不明確さ、リスク管理の不足の 3 つです。同じ発表では、2028 年までに日常業務の判断の 15% 以上 (2024 年は 0%) がエージェント型 AI で自律的に行われ、企業向けソフトウェアの 33% (2024 年は 1% 未満) にエージェント型 AI が組み込まれるとも予測しています。広がるという予測と、中止が多いという予測が、同じ発表に並んでいます。
中止の 3 つの理由 (費用・価値・リスク) は、いずれも始める前にある程度見通せます。次の 5 つの問いに、検討中の業務 1 つで答えてみてください。
| 判断基準 | 問い | 答えられないときに起きること |
|---|---|---|
| 手順 | 手順を書き出すと、書き切れない判断がどこに残るか | エージェントが要らない業務に、エージェントの費用を払う |
| 失敗の影響 | 間違えたとき、誰にどんな損害が出て、取り消せるか | 人の確認を挟むべき操作を、任せきりにする |
| データと権限 | 判断に要るデータはどこにあり、どのシステムをどの権限で操作させるか | PoC では成果が出たのに、本番のデータと権限が用意できない |
| 費用と応答時間 | 1 件あたりいくらまで、何秒以内なら業務が成り立つか | 本番の件数に掛けたとき、採算が合わない |
| 成果の測り方 | 何の数字が、どこまで改善したら成功と言えるか | 結果の良し悪しを判断できず、検証が終わらない |
5 つのうち 1 つでも答えられない場合は、まだ導入を決める段階ではありません。Gartner は 2025 年 6 月の発表で、当時を初期の段階とみて、明確な価値や投資対効果が見込める場合に限って進めるよう勧めていました。
FIXIT5 つも答えるの、面倒じゃない?
Shiori業務を 1 つに絞れば、表 1 枚に収まります。
FIXIT答えられない項目があったら、もう諦めるの?
Shiori諦める必要はありません。優先順位で言うと、答えられない項目を先に片付けて、導入はその後です。
導入前に決めておくリスク対策
AI 事業者ガイドライン (第 1.2 版) の 付属資料 は、AI エージェントに関わるリスクとして次のような例を挙げています。いずれも、事業活動で AI を開発・提供・利用する事業者に向けた記載です。
| ガイドラインに書かれているリスク | 導入前に決めておく対策 |
|---|---|
| 自律的な動作の中で、人の意図しない商品の注文やファイル削除を行う可能性 | 注文・送信・削除・支払いの前に、人の承認を挟む |
| 外部のシステムと連携する過程で挙動を不正に操作され、内部のデータが外部に送られる可能性 | エージェントに渡す権限を作業に要る分だけにし、送り先を限定する |
| 入力の経路や外部連携が増え、攻撃される範囲が広がることが懸念される | 読ませるデータの出どころを決め、信頼できない文書の指示に従わせない |
| 構成が複雑になり、保守やトラブル対応が難しくなる場合がある | 各ステップの入力・判断・操作を記録し、後から追えるようにする |
同じ付属資料は、エージェントの自律性が高まると、AI 同士の高速なやり取りには人による監視だけでは対応が難しくなる場合も想定されると注記しています。Anthropic も、エージェントは費用がかさみ、誤りが積み重なるおそれがあるとして、本番から隔離した試験環境での十分なテストと、エージェントの操作を制限する歯止め (ガードレール) を組み合わせるよう勧めています。
社内で決めておくのは、AI に任せる操作と人が承認する操作の線引き、エージェントに渡す権限の範囲、記録の保存先と確認する担当です。生成 AI の社内ルールが既にある場合は、エージェントの項目を足して更新します。ルールの作り方は 生成 AI の社内ガイドラインの作り方 で解説しています。
小さく試して判断する進め方
5 つの判断基準に答えられたら、次の順で進めます。
- 書き出した手順を、ワークフロー (決まった手順の自動化) で足りる部分と、AI に判断を任せたい部分に分けます
- 任せたい部分だけを対象に、期間を区切った PoC (概念実証) で確かめます。合格ラインと中止ラインは始める前に決めます
- PoC で測った正答率・費用・応答時間を、本番の件数に当てはめて判断します
- 本番では取り消せる操作から自動化し、承認を挟む操作は運用を見ながら少しずつ減らします
PoC の判定基準の作り方と、AI エージェントの PoC で追加して確かめることは PoC とは?意味と目的・進め方・期間と費用の考え方 で詳しく解説しています。外部に依頼する場合の選び方は AI エージェント開発に強い会社の選び方 にまとめました。
なお、本記事で扱ったのは業務に組み込む AI エージェントです。ソフトウェア開発に使うコーディング用のエージェント (Claude Code や Devin など) は、Devin・Claude Code・Cursor の比較 で扱っています。
FIXIT の運用 — AI エージェントを入れる前の切り分けから
AI 駆動開発のクリエイティブスタジオである FIXIT の AI エージェント開発 は、いきなりエージェントを作るところからは始めません。過去の業務ログをもとに、自動化できる業務・半分だけ自動化する業務・人が担う業務の 3 つに切り分け、エージェントに任せる範囲を決めてから設計に入ります。本記事の判断基準でいえば、「手順」を最初に確かめる工程です。
設計では完全な自動化を目標にせず、エージェントが自信を持てない問い合わせは人の担当者に引き継ぎます。品質を測る評価の仕組み (評価ハーネス) はセットで納品し、特定のモデルに依存しない構成にしているため、モデルを切り替えるときも同じ基準で比べられます。公開している費用の目安は PoC 300 万円〜、本格運用 800 万〜1,800 万円 (いずれも税抜) で、本格運用までの期間はナレッジの整備状況によりますが 6〜10 週間が目安です。問い合わせの一次対応を設計した例は 顧客対応オペレーションの自動化事例 で紹介しています。
まとめ
AI エージェントとは、目標に向けて次の手順を自分で決め、道具を使って外部のシステムに働きかける AI システムです。生成 AI を使っていても、手順を人やルールが決めているなら、本記事の定義ではエージェントではありません。名前だけが付け替えられた製品もあるため、提案を受けたら、どの判断を AI が決めるのかを最初に確かめてください。
AI エージェントが候補になるのは、判断が複雑な業務、ルールが増えすぎて保守しにくい業務、文書や会話を読む業務のいずれかに当たる場合です。入れるかどうかは、手順・失敗の影響・データと権限・費用と応答時間・成果の測り方の 5 つで決められます。
次の一歩は、検討中の業務を 1 つ選び、本記事の 5 つの判断基準の表を埋めてみることです。書き切れない項目が残ったら、それが導入前に片付ける課題です。業務の切り分けから相談したい場合は AI エージェント開発 のページをご覧いただくか、お問い合わせ からご連絡ください。



